アニメスタジオクロニクル Vol.17 TROYCA 長野敏之

2024/08/26 15:00

アニメ制作会社の社長やスタッフに、自社の歴史やこれまで手がけてきた作品について語ってもらう連載「アニメスタジオクロニクル」。多くの制作会社がひしめく現在のアニメ業界で、各社がどんな意図のもとで誕生し、いかにして独自性を磨いてきたのか。会社を代表する人物に、自身の経験とともに社の歴史を振り返ってもらうことで、各社の個性や強み、特色などに迫る。第17回に登場してもらったのは、TROYCA の長野敏之氏。プロデューサーの長野氏、撮影監督の加藤友宜氏、演出家のあおきえい氏という3人体制で、独自の歩みを続けるアニメスタジオだ。そんなTROYCAの「順調過ぎた」という10年間を振り返ってもらうとともに、“TROYCAらしいフィルム”の正体に迫った。

取材・文 / はるのおと 撮影 / 武田真和

アニメスタジオクロニクル Vol.17 TROYCA 長野敏之

「アルドノア・ゼロ」だけで終わらず……想定外の「順調過ぎた」10年

TROYCAが設立されたのは2013年5月のこと。アニメインターナショナルカンパニー(AIC)で制作プロデューサーとして働いていた長野氏が独立する形で設立された。

「AICが親会社に買われたタイミングで、動いている企画をすべて一旦ストップしようという話になったんです。でも当時の僕はロボットもの……のちの『アルドノア・ゼロ』になる企画を動かしていて、止められると困るし、若かったのもあって『なんで会社の言いなりにならなきゃいけないんだ』という気持ちもありました。そこで相談したのが監督を務める予定だったあおきえいさんと、同年代で撮影監督だった加藤友宜の2人。どうやったらこの企画を成立させられるか、いろいろ選択肢があって悩んだ結果、どうせ無謀なチャレンジをするなら会社を立ち上げようということで3人でTROYCAを設立しました」

社名の由来となるトロイカはロシア民謡でも歌われる三頭立ての馬車のこと。制作と演出、撮影というアニメ制作において異なる部門の3人のエキスパートが集って作られた会社にふさわしいネーミングだ。

長野敏之氏

「設立前に誰が代表取締役社長になるか話していて、僕はあおきさんがなるのは反対したんですよ。あおきさんの名前は対外的にも強すぎるし、頭になると誰も逆らえなくなりそうだったので。そう正直に話したところあおきさんも『そうだよね』と。そもそも本人も社長はやりたくないって(笑)。それであおきさんには経営に関しては最低限の情報だけお渡しして、大きなターニングポイントになるようなタイミングで相談はするけど、基本的には作品に向き合ってもらうことにしました。すごく真面目な方なのでよく気にしてはくれるんですけどね。

そして残る僕と加藤で経営の細かな部分を見ることにしました。一応、制作の頭を張っていたから僕が代表取締役社長になったものの、実は加藤の存在がすごく重要なんですよ。僕はちゃらんぽらんというか外交気質の人間ですが、彼は几帳面で社内の本当に細かいところまで気を配ってくれています。加藤がいなかったらTROYCAはとっくの昔に潰れていたはず(笑)。僕なんて会社の金庫の開け方も知らないくらいですから。あおきさんがクリエイティブを、加藤が財務などの部分をしっかりやってくれているおかげで、僕は安心して神輿の上で踊れています」

この“トロイカ体制”は、現在に至るまで絶妙なバランスで成り立っている。しかしもともとTROYCAを長く続ける気はなかったという。

「当初は、本当に『アルドノア・ゼロ』を作るためだけに設立した会社でした。それが終ったらどこかの会社に巻き取られるなり、解散するなりしようという話もしていましたし。ただ、とある方に『どうせ会社を作るなら10年先は見通さないと駄目だ。すぐに解散するなんて、会社に付いてくる従業員や一緒に作ってくれる仲間に対して失礼だよ』と言われて思い直し、改めて長期事業計画を作りました。

「アルドノア・ゼロ」キービジュアル (c)Olympus Knights/Aniplex・Project AZ

僕らが『ロングロード』と呼んでいるその計画は、『この年にはこれくらい稼ごう』『この年にはこれくらいの従業員数にしよう』みたいなことだけ考えた、今振り返ると大雑把で拙いものでした。ただその計画を達成するにはあおきさんの作品だけでは難しいから、ほかの人も監督とする作品も作らなければいけないこともわかり、そちらに舵を切ることができた。もちろんなかなかうまくいかないこともありましたが、集まってきた仲間が作品ごとにいいパフォーマンスを出してくれたおかげで、ロングロードで掲げていた以上に順調過ぎる10年になった気がします」

視聴者にとっては「面白いアニメが面白い」

長野氏が「順調過ぎる」と振り返る10年。その間、TROYCAは決して多作というわけではないが、コンスタントに話題作を送り出してきた。中でもターニングポイントとなった作品として、長野はスマートフォン向けアプリを原作とする人気シリーズの名前を挙げる。

「ターニングポイントは、『アイドリッシュセブン』でしょうね。もともとその時期は別の大きなオリジナル作品を予定していたけど、そちらが遅れたところでバンダイビジュアル(現:バンダイナムコフィルムワークス)さんが『こういうの興味ありますか?』と企画を持ち込んでくれて、つなぎとして受けた作品です。それがファンの応援のおかげでTVシリーズは3期まで続いて会社に大きく利益を生んでくれたし、今の社員には『アイナナ』が大好きで入ってきた女性も多いです。

「アイドリッシュセブン」 (c)BNOI/アイナナ製作委員会

そんな恩恵がある一方で、制作に対する姿勢についてすごく考えさせられる作品でもありました。いつの間にか見えない敵と戦っているというか……フィルムのクオリティに対してプレッシャーや恐怖心が芽生えたんです。2期の後半を制作している頃にコロナ禍に突入したおかげで、変な話ですが時間が無尽蔵に使えたんですよ。そうすると時間をかけたぶんクオリティは跳ね上がるわけですが、3期を作るときも当然それを維持しなきゃいけない。どこが合格点なのか見失っている中で、見えないお客さんの期待に向き合って延々と制作する……そんな大変な思い出もあって『アイナナ』は特別な作品です」

ターニングポイントとして挙がった「アイドリッシュセブン」シリーズをはじめ「やがて君になる」「ロード・エルメロイII世の事件簿 -魔眼蒐集列車 Grace note-」といった原作がある作品を手がける一方、「アルドノア・ゼロ」や「Re:CREATORS」「オーバーテイク!」などのあおきえい監督作を中心とするオリジナル作も世に送り出す。そのバランスのよさがTROYCAのラインナップの特徴だ。

「設立当初から、3人で『オリジナルを作れる会社でありたい』という話はよくしていました。それは僕らが、オリジナル作品を世に打ち出す楽しさが脈々と受け継がれていたAICで育ったというのが大きいかもしれません。

オリジナル作品を作るのは大変なことばかりです。『オーバーテイク!』なんて本当に血が滲むような細かい作業を積み重ねた結果、ようやくあのフィルムになりましたし。でもオリジナル作品は作る側のモチベーションは高いし、それを生み出していくからこそTROYCAというアニメスタジオの存在価値があるとも感じています。だから今後も、どんなに苦労しようが、たとえ赤字になろうがチャンスがあればオリジナルにチャレンジしていきたいです」

「オーバーテイク!」 (c)KADOKAWA・TROYCA/オーバーテイク!製作委員会

オリジナル作品への強い情熱を語る長野氏。ただし原作のある作品の良質なアニメ化に対する思いは強く、むしろ制作時に意識の違いはあまりないという。

「オリジナルだから気張らないといけないとか、逆に原作付きは手を抜こうといった思いは一切ないです。だからTROYCAの作品はクオリティが平たい……悪く言うと強いポリシーがないのかもしれません。作るアニメのジャンルに関してもそうで、面白くできそうな企画ならなんでもやります。僕が飽きっぽいというのもあるかもしれませんが(笑)。それは僕らにとって大きな刺激になるし、成長につながるでしょうから。

『アイナナ』も男性アイドルものというそれまでやったことないジャンルでしたが、バンダイナムコオンラインのエグゼクティブプロデューサーから『情熱や友情といった少年マンガのような要素を重視して作ってほしい』という話があったので、それなら自分たちにもできそうだと感じて作り始めました。別所誠人監督も当初は『男性アイドルなんて俺できないよ』みたいなことを言っていたけど、今では誰よりも詳しい監督になりましたし。

長野敏之氏

やっぱり視聴者にとっては、ジャンルや原作の有無ではなく面白いアニメが面白いんですよ。だから僕らは作品ごとに変に区別することなく、素直に面白いフィルムを追求するだけです。その結果として、原作があるものはそれにも手を出してもらえればいいですし」

TROYCAらしさを支える撮影や仕上げの重要性

作品の成り立ちやジャンルを超えて、縦横無尽に制作を続けるTROYCA。しかしそれらの作品に共通して“TROYCAらしさ”を感じるアニメファンも多いのではないだろうか。

「作品によってジャンルもキャラクターデザインも違いますが、『TROYCAっぽいフィルム』とはよく言われます。それはおそらく、撮影や仕上げの部分でそう感じていただけているんじゃないでしょうか。例えばフィルターをたくさん重ねて距離感をうまく出しているとか。ほかにもキャラクターの輪郭線を他社と比べて細くするとかもやっているんですけど、撮影や色彩における工夫を重ねることが上質なフィルムにつながっていると僕は考えています。

フィニッシュワークとしての撮影って本当に大事で、それによって大きく評価が変わるんですよ。でも、撮影部を率いる加藤も設立当初からずっと嘆いていますけど、アニメ制作において撮影という部門は長年重視されていなかった。作画が9割くらい時間を持っていって1週間……下手すれば2、3日でTVシリーズ1話分の作業をすることもある。それでは彼らがいいものを作るためのパフォーマンスを発揮するのが難しいのは当たり前です。でもうちは設立時から社内に撮影部があって、そこに篠原真理子という色彩設計も付いてくれてじっくり作業してもらえています。設立後早い段階で、あるプロデューサーに『この撮影とこの色彩のスタッフを社内に揃えているのはすごく大きい』と評価していただけましたけど、本当に彼らがTROYCAの作画や線質のよさを際立たせてくれているんです。

「ATRI -My Dear Moments-」より撮影前のカット。(c)ATRI ANIME PROJECT
「ATRI -My Dear Moments-」より撮影後のカット。(c)ATRI ANIME PROJECT

あと撮影部には津田涼介というスタッフもいますが、彼は新海誠さんの作品なんかに撮影監督として駆り出されちゃうんです。それは彼の技術が評価されているからですけど、外で経験を積んだ人間がTROYCAに戻って新人を教育してくれたり、周囲のスタッフに刺激を与えてくれたりするのも楽しいです」

こうしたTROYCAの撮影に関する取り組みについては、「制作に3年半くらいかかった超大作(笑)」と長野氏が語る単行本「10年分のカットから読み解くTROYCA式アニメ撮影テクニック」に詳しいのでぜひ参考にしてほしい。そして近年、TROYCAは撮影だけでなく色彩設計に関して新たな取り組みを始めた。

「『ロード・エルメロイII世の事件簿』特別編あたりからカラースクリプトという工程を取り入れています。最近導入している会社も増えているようですが、うちの場合はまず色彩設計の篠原が絵コンテからいくつかのシーンをピックアップして『こういう雰囲気にしたい』という指定をします。色合いだけでなく、光源や作画の影付けなんかも含めて。それを監督がチェックしたうえで、美術ボードを発注したり、撮影部に共有したりして最終的にどういう画面にするかという認識を共有しています。

「ATRI -My Dear Moments-」のカラースクリプト。(c)ATRI ANIME PROJECT

この工程を全カットで取り入れるのは難しいですが、要所要所でうまくやれているのが放送中の『ATRI -My Dear Moments-』です。例えば普通に見たままのノーマル色では絶対に浮くはずのピンクを使うことで、すごくきれいに映っていたり。岩井俊二監督の映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』みたいな、ああいう雰囲気が出ていて個人的にはすごく褒めたいです」

背伸びせず、無理せずにクオリティの高いものを

「ATRI -My Dear Moments-」は原因不明の海面上昇で、地表の多くが海に沈んだ近未来を舞台に、片足が義足の少年・斑鳩夏生と感情豊かな少女型ロボット・アトリを軸にした、美少女ゲームを原作とする作品だ。この最新作への取り組み方は、カラースクリプトなどのテクニカルな面以外でもこれまでと少し変化しているという。

「うちがこれまであまりやったことないジャンルだったので、話が来たときは『よくぞ来てくれた』という思いでした。うちは原作ものを作るかどうか判断する際に、まず監督やクリエイターに読んでもらうんですよ。それで興味を持ってもらったら次にTROYCAのラインナップに載せるかを考える。会社というより、あくまでクリエイターがやりたいものを基本的には作るようにしています。『ATRI -My Dear Moments-』の場合は加藤誠さんがゲームをプレイして『これなら僕やりますよ』と快諾してくれて、彼とシリーズ構成の花田十輝さんが本当に素晴らしい原作ゲームをきちっと13本のアニメに落とし込んでくれています。

長野敏之氏

制作的には、今回は『早く作らなきゃいけない』という切迫感を改めて植え付けたいという思いを持って臨んでもらっています。オンエア時期が決まっているものなので、必然的に時間制限は生まれます。もちろん現場には『もっと時間を寄越せ』という思いもあるでしょうけど、時間が限られているなかでできるだけパフォーマンスを落とさず、どこまでがんばらなきゃいけないか探りながら作る……もともとそういう考え方ってあったはずですけど、コロナ渦もあって緩んでしまっていた。それをもとに戻そうという試験的な意味合いもありつつ、TROYCAらしいクオリティはキープしているので、それが世のお客さんに響いてくれたらうれしいです」

制限時間のなかでクオリティ高く作る。この姿勢は、11年目を迎えたTROYCAの今後の制作姿勢にもつながっている。

「2023年に設立10周年を迎えて個人的に振り返った際に、これまではAICという会社に食わせてもらったと感じました。10年以上前から一緒に仕事をしてくれた人達が助けてくれたおかげでいいクオリティの作品が作れたし、それに関しては感謝しかありません。

ただ、これからの10年を考えたときに若い子たちがもっと成長していけるスタジオになっていく必要があると思っています。そのために、例えばなろう系のラノベであったり少女マンガであったり、あまり経験がない子達でもチャレンジしやすそうな作品を会社として用意してあげたくて、まさに今仕込んでいるところです。そういった作品で、多少絵は拙くなるかもしれませんが、若い子たちが思いきり暴れられるような、勢いがあって面白そうなものを作らせてあげたいです。

それに肩の力を抜くのは若い子たちだけでなく、年齢的に上のスタッフも同様で。これまでは誰かがお金や時間の面で背伸びして無理しながらがんばっていいものを作ってきましたけど、そろそろ自分達の身の丈に合った範囲でいいものを作るという挑戦をしていくタイミングですね」

長野敏之氏

長野敏之(ナガノトシユキ)

1975年5月26日生まれ、神奈川県出身。TROYCA代表取締役社長・プロデューサー。アニメインターナショナルカンパニーでの経験を経て、2013年に5月に撮影監督の加藤友宜、演出家のあおきえいとともにTROYCAを設立。「アルドノア・ゼロ」「Re:CREATORS」「アイドリッシュセブン」「やがて君になる」「忍の一時」などを手がける。

Loading...
新着情報一覧