トップページ › 『宇宙兄弟』小山宙哉インタビュー 5/6
たぶん漫画家じゃなくても絵を描く人になっていた
宇宙兄弟7
――漫画家になろうと本格的に決めたのは?

小山:ずっと「なれたらいいなぁ」とは思っていましたけど、しっかり決めたのは最初に描いた『ジジジイ』を持ち込んで受賞してからです。 受賞後しばらくしてから勤めていたデザイン会社を辞め、こしのりょう先生(『Ns'あおい』)のところでアシスタントを開始しました。 そこでアシスタントしながら『ハルジャン』の原稿を描きためて、連載のめどが付くまで8ヶ月くらいお世話になりました。

――筆名(小山宙哉)にある「宙」の字が目を引きますが、いつか宇宙の漫画が描きたかったからですか?

小山:これは本名なんです。名づけた父親も宇宙が特別に好きだったわけではなくて、どうも"宙"には「時間」という意味があるらしいんですよ。 父はコピーライターなので、字の選び方にもこだわりがあったんじゃないかと思います。

――少年時代はどんなスポーツや趣味を?

小山:小学校では野球を少しやって、中学校くらいからサッカーを始めました。高校はグラウンドが狭くてサッカー部がなかったので、自分で友達を集めて「サッカー同好会」を作りました。 漫画は……熱狂的な漫画好きといえるほどではありませんでしたが、少年ジャンプで『ドラゴンボール』『スラムダンク』などを読んでいました。 鳥山明先生や井上雄彦先生、それに松本大洋先生、小林まこと先生、新井英樹先生には影響を受けたと思います。

――子供の頃から絵は描かれていましたか?

小山:絵はよく描いてました。小中学校あたりでは、将来の夢がサッカー選手か画家でした。(笑) 高校は美術系の学校だったんですが、やっぱり先生の似顔絵を描いて、そのキャラクターを1~2ページほどの短い漫画にしたり友達同士でやっていました。 デザイン学校へ進んでデザイン会社に勤めていたくらいですし、漫画家にならなくてもイラストとかWEBデザインとか"絵を描く"仕事をしていたと思います。


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